Se connecter突然の涙に狼狽えている柴崎さんとは逆に不思議なくらい冷静な私。「大丈夫です、すみません」そう伝えながらも視線が目の前の景色から離れない。「この場所は…?」「この場所は昔は遊園地があってね、でも僕は船が往来するこの場所を見る方が好きやったんよ」「マリアさんに見せたくてね」「子供の時から変わった子だったんですね」涙を拭き取りながら笑ってしまった。「変わって…るよなあ、たしかに」神妙な顔をして呟いてるのが可笑しくて笑いが止まらない。「柴崎さん」ふいに、私の口から出た。「私もあなたが気になってます、元気がないと私も不安になるけどあなたが元気だと私も嬉しくなります」柴崎さんは何も言わずに私の手を握った、ただそれだけ。側にいるだけの距離が心地よい。私たちは目の前の景色をずっと眺めていた。柴崎さんが私をこの場所に連れて来てくれた。故郷に似た景色を大事な人と見ている。ただ、それだけで私は満ち足りた気持ちになれる。いつか柴崎さんにもダバオの海を見せたい、いや一緒に見ようと思う。今日のように、また手をつないで。帰り道、私は何気に柴崎さんの年齢を聞いた。「僕?25歳だよ」「え!25歳?!35歳くらいかと…」「すみません」「よく言われるんよ…。老けて見えるって」悲しげな後ろ姿が可愛かった、なのでお詫びも含めて、「好きです、そのお顔!」と。今日この人は何回真っ赤なお顔をしたのだろう…。真っ赤なお顔が私は大好きだ。
食べ終わった頃、 「おばちゃん、注文した豚玉出来てる?」 慣れた感じで入ってきた常連客に柴崎さんが反応した。 「あれ?中村か?」 座席から立ち上がり入口へ歩いて行く柴崎さん。 「中村!」 「お?真か?久しぶりだな」 二人は話ながらアーチェリー?を引く仕草をして笑っている。 そして、また店に小柄な眼鏡をした女性が入ってきた。 「ハル、注文出来てたん?」 髪が長くて綺麗な女性。 三人は知り合いのように見える、夫婦かな? 私の方を向き二人が会釈をしてくれた、 「こんにちは…」 椅子から立ち上がり私もお辞儀をする。 女性は私の側まで来て、 「柴崎さんのお友達かな?中村と申します」と丁寧に挨拶をしてくれた。 「マ、マリアです。フィリピンから来ました」 緊張してしまうくらい、綺麗な女性だ…。 「日本語で大丈夫かな?英語教師なので英語なら話せるけど」 「日本語で大丈夫です、はじめまして」 「綺麗な発音ですね」 「ありがとうございます、嬉しいです」 「舞、行くぞ」 「はーい」 去り際に柴崎さんに向かって 「またな真。『また、やろう』」と。 「ではまたね、マリアさん!」 二人が店から出た後、 「ごめんごめん、知り合いが居たから話し込んでしまった…。」 あの男性と話す柴崎さんは雰囲気が変わってみえた。 「お知り合いのご夫婦ですか?」 「うん、あいつらは幼なじみって聞いてる。僕とさっきの中村は弓道の因縁というか…。勝てんかったんよ」 柴崎さんが話し始めたのはハイスクール時代にキュウドウなる日本の武道をしていたらしい。 別のハイスクールに通っていた中村さんもキュウドウ部に入り、二人は大きな大会で最後まで競い合ったらしい。 でも、柴崎さんは一度も中村さんに勝てなかったそうだ。 「中村のやつ、『また、やろう』なんてあの時も…」 私の対面に座っているのに中村さんの話しになると窓の外を見ながら話す。 思い出を振り返ってるのかな? 凄く楽しそうに話す柴崎さんは職場で見せない顔。なんだか可愛い。 「たまにこの店で会って話すんよ」 まだ嬉しそうに話す姿は柴崎さんには大事な友人なのだろう。 私もアンジェに再会したら顔が緩んでしまう。
車内の気まずい雰囲気を壊す様に 「ラーメンより美味しい食べ物があるんよ」 「今日はソレ食べてみん?」 「ソレ?食べてみたいですね」 そんな事言われたら即答だ。 それより…。 私の扱い方が上手になってる気がしたが、食べ物の誘惑にはかなわない。 ソレなる食べ物は、三津浜にあるらしく柴崎さんら松山市民にはソウルフードらしい。 車内でそれはそれは美味しい食べ物で自宅で調理しても再現出来ないそうだ。 想像がつかないが、スープ料理とかか?秘密のレシピでしか作れないのか…。 「到着したぞ~」 ん?店はあるが真横は郊外電車駅前。ただこの駅は無人駅で周りは民家しかない。 「ここですか?」 駅の踏み切り横にあるこの店、店というより民家一体の小さな店だが…。 「僕が子供の時から食べてきたけど、味はこの店が一番やと思うんよ」 「はあ…良い匂い」 未知なる店を開くとソースの焼ける匂いが充満しており、もう胃を刺激しまくっていた。 「なんですか?このお店は…」 「ここはね、三津浜焼きのお店。もう普通のお好み焼きでは物足りなくなるよ」 「へぇっ!」 私はその言葉に喜びを隠せなかったからだ。 「お好み焼きより美味しいお好み焼きですか!」 「うん、まあまずは座ろうよ」 「はい!」 もう注文は決まっている。ラーメンと違い私はお好み焼きにはちょっとうるさい。 お金が無かった時期にYouTubeで見よう見まねでカンサイ風なるお好み焼きを作っていたからだ。 「豚玉で!」 さっさと注文しようとしたが、 「そばはシングル?ダブル?」 と柴崎さんが言う。 「そば?」 「あはは、三津浜焼きは関西風とは違ってそばが入るんよ。最初やしシングルにする?」 「はいっ!では、豚玉シングルでっ!」 注文している私を見て、 「面白いっ」 と笑っている柴崎さん。 いくらでも笑うが良い。 もう胃が、本能が絶対美味しいと言っている。 お店の方は鉄板で丁寧に焼いている、見ているだけで楽しめる。 作り方はシンプルだ、なんでこれが自宅では再現出来ないと言うのだろう。 「どうぞ~」 運ばれてきた三津浜焼きは真ん丸ではなく半月に折られている。 見た目がすでに違う、ソースの上がキラキラしている…。 よくみるとイリコの粉末と青のりだ。 「綺麗…」 「さあ、食べ
朝から鼻歌が止まらない。 今日は柴崎さんと食事に行く予定だからだ。 後ろからグエンが、 「何かあったなあ~」 めざといグエンが目を細めている。 「別に…、またゆっくり話すから」 なんだか人に話すと昨日の話が消えてしまうのではないかと思ってしまう。今は私だけの秘密にしたかったから。 「ふーん」不機嫌そうに立ち去るグエン。 「早く支度しなよ、早出でしょ?お見送りしてあげる」 「はいはい」 お見送りは私たちの疑似家族みたいな儀式になっていた。 グエンが出勤してから掃除をしていたらスマホが鳴った。 誰だろう? 「あっ!」 アンジェが子供を抱いている画像だった。 メッセージには無事出産の報告と 大事な親友の名前にあやかってマリーにしたよ。と。 日本に来た初日、ベッドで泣いていたアンジェがママになった。 今思えばアンジェが妊娠した時に私はおめでとうと心から祝福したつもりだったが、アンジェは不安だったと思う。 Binabati kita! Nawa’y pagpalain kayo ng Diyos, ikaw at ang iyong napakagandang anghel na si Marie. (おめでとう!あなたと、あなたのとても素敵な天使マリーに、神様の祝福がありますように) 返信した後、いつか帰国した時に小さなマリーと会える楽しみができたと嬉しく思えた。 掃除を終え鏡の前で何度も前髪を直している、落ち着かない。 待ち合わせは駅前、また柴崎さんが先に待っている。 「すみません、遅くなりました。今日はどこに行くんですか?」 「うん、三津浜まで行こわい。マリアさんに見せたい景色があるんよ」 いつものラーメン屋ではなく少し遠くの港町まで行くと言う。 昨日までとは違い、伊予弁はなんだかくすぐったい。 車の中は静かだったが気まずさはなかった。 窓の外を流れる景色を見ながら私はふとスマホの中のアンジェの写真を思い出していた。 「そういえば、今朝アンジェから連絡が来たんです」 「アンジェさん?」 「訓練校で一緒だった子です。帰国してから、無事に赤ちゃんを産んで、名前を『マリー』にしたって」 写真を見せると柴崎さんは一瞬だけ目を細めた。 「マリーって、マリアさんから取ったん?」 「はい。恥ずかしいですけど、そう言
仕事が終わる前に、柴崎さんに「話がしたい」と伝えていた。 「では、ラーメン行きますか?」と誘われたが、 「東屋で話したいので……」 とだけ返した。 夕方五時を過ぎて、施設の裏庭は橙色に染まりかけていた。 東屋の屋根の下はもう影になっていて少し肌寒い。 誰もいない園庭に、遠くから虫の声だけが響いている。 先に着いて木のベンチに座って待っていた。 「お待たせ。どうしたの?」 柴崎さんが小走りでやって来る。 私と柴崎さんの間には、ベンチ一つ分くらいの距離があった。 「ドナから聞きました。私が平手打ちされた時、走って来てくれたそうですね」 「あ、う、うん……」 さっきまで平然としていたのに、柴崎さんは目を逸らした。 「心配して頂いてありがとうございます」 私は覗き込むようにして、記録のことを問い詰める。 「ドナや他の実習生の記録は手直しされているのに、私だけ注意されますよね」 ここは正直、気に入らない。 区別する理由を聞いておきたかった。 「マリアさんは、教えた分だけ吸収するから」 この人なぜ、顔が赤いのだろう。 さらに食い下がる。 「それだけですか? 本当にそれだけ?」 一拍置いて、柴崎さんはボソボソ下を向いたまま、 「……が、……でき……思って……」 「なんて言ったか聞こえません!」 はっきり言わないのは私への不満なのか? 柴崎さんの顔はますます赤くなっていく。 私の怒りはどんどん膨らんでいく。 はっきりしないのはいつものことだけれど、今日だけは聞かずにいられなかった。 「なんです? 大きな声で言ってください!」 怒りが頂点に達したところで、柴崎さんが口を開いた。 「Akala ko makakapag-usap tayo……」 (話ができると思って……) 「えっと…?」 頭に上っていた血がすっと引いていく。 ——いや、待って。 「Gusto mo bang makipag-usap sa akin?」 (私と話がしたかったの?) 「Oo.」 (うん) お互い耳まで真っ赤になったまま黙り込んだ。 虫の声だけが、さっきよりも大きく聞こえた。 さっきまでの苛立ちが、今は気恥ずかしさに変わっている。 柴崎さんも落ち着かない様子でベンチの端をぎゅっと握っていた。 「わ、私と話したい理由は
翌朝、私は寝返りを打つばかりで結局まともに眠れないまま朝を迎えていた。 昨夜の話は実習生だけが傷ついた話ではない。私や今の実習生たちに教えてくれている柴崎さんや日本人スタッフも負担があったのだ。 私たちは教えてもらうのが当たり前と思っていた…。 一番気になるのは私に対する不安を柴崎さんが感じていることだ。 今まで弟のことで帰国を相談したり食事をしたり自宅に招かれた。 だからといって不安を感じている理由にはならないと思う。 「おはよ、マリア…」 洗面所からグエンが挨拶をしてきた。 「おはよ、グエン」 「昨日は何かあった?今朝は可愛くないよ?」 朝からグエンは容赦がない。 「なんでもないし、グエンは今日も可愛いよ」 「知ってる」 笑って答えるグエン。 そういえばグエンが日本人スタッフらと話をしている事が少ない。 何か理由があるのか聞いてみると、 「仲良くしても私は帰国するしね、辛くなるから。期限迎えたら私はベトナムで結婚するの」 あっけらかんと答えるが、グエンはすでに自らの壁というか傷つかない様に接しているのだと感心した。 それよりも…。 「け、結婚?」 聞いてない、彼氏が居るのか…。 「ん?そだよ。今はお互いが海外で働いているけどね。」 恋愛なんかには興味がないかと思っていた身近な存在が、将来を考えていたことに驚いた。 「グエンは優しいし可愛いから旦那さんになる人は幸せだね」 本当にそう思う。 「うん、私は幸せになるよ。だからマリア、日本人とは結婚考えたら駄目だよ。マリアもいつかは帰国して母国で幸せ掴まないとね」 真面目な顔をするグエンだが、歯磨きしながら口元が泡まみれ。 可笑しくて笑ってしまう。 「真面目に聞きなさい!」 朝から叱られたけど、眠気を飛ばすには良かった。 「ありがとう、グエン。あなたは本当に優しい女の子だよ」 そう伝え抱き締めた。 「いってらっしゃい、仕事遅れちゃうよ」 そう言って見送ってくれた。 職場に行くと柴崎さんが前から歩いてきた。 「おはようございます」と挨拶をすると、 「おはようございます…」 立ち止まる事もなくさっさと歩いて行く。 もう慣れた態度だから気にはならないが、日本の男性ははっきり言わないのが腹立たしい。 柴崎さんのお母さんが言っていた意味がわかってきた